湧き上がる情熱のままに
直談判から始めた舞台写真。
高社山の麓、りんごや桃、ぶどうなど、さまざまな果樹の畑に囲まれた自然豊かな地で生まれ育ちました。今でこそ日々移り変わる美しい風景に心動かされますが、子どもの頃は空が狭く感じてね。広い世界に飛び立ちたいとずっと思っていました。
カメラは、高校の修学旅行の時に親に買ってもらったのが最初です。20代半ばまでは写真より油絵に没頭するのですが全くモノになりませんでした。そんなある日、電柱の張り紙に劇団四季「ヴェニスの商人」長野公演が。八十二銀行に勤務していたので商人の舞台なら観ておこうかと軽い気持ちで一観客に。幕が上がると鬼気迫る日下武史さんの演技に心底引き込まれてしまって。「幕が下りれば形に残らないこの瞬間を何とかフィルムに残したい」と演出家の浅利慶太氏に直談判。何度も懇願し続け撮影許可をいただくまでに5年の歳月を要しました。舞台の撮影は独学でしたが、浅利先生から「なかなか良い写真じゃないか。台詞が聴こえる!」と。そこから本格的に舞台撮影に挑み始めました。
出会いこそ命。縁を大切に
これからも歩み続けたい。
舞台写真家には、さまざまなテーマを追求しておられる方々がおいでですが、私は自分が「撮りたい」と強く感じた俳優を何年にも亘って撮り続ける手法です。
劇団四季の日下武史さん、文学座の杉村春子さん・太地喜和子さん、歌舞伎役者の十八代目中村勘三郎さん、榎木孝明さん等々、その人の人生や生き方そのものが撮れるような気がしてくるんです。その瞬間がたまらなくて、現在、太鼓奏者・林英哲さんとはNYやフランス公演等へ「英哲組」の一員として同行取材を続けています。
紅テントで有名な劇団唐組の唐十郎さんもその一人です。新宿・花園神社でのテント芝居を観て、その摩訶不思議な世界観にも強く引き込まれました。2019年には、約30年間撮影した写真展・写真集「劇団唐組~紅テント・闇と光の軌跡~」を発刊しました。紅テントから発せられる熱量、生き様を多くの方に伝えられたと思います。今年も、6月に長野市の城山公園で紅テント公演が予定されています。是非、舞台を役者と一緒に楽しんで欲しいですね。
「旬彩菓たむら」の社長さんとは、もう長いお付き合いです。北野美術館のディレクターをしていた頃に、長野のお土産にふさわしいお菓子を探していて、たむらさんに出会いました。巡る季節の一瞬を切り取って色彩豊かに表現する和菓子の世界は、瞬間を捉える舞台写真と共通する部分があるように感じます。美しい上生菓子は濃茶の主菓子として、ほろほろとした食感と蕎麦の風味が絶妙な蕎麦朧は、薄茶に合わせる菓子として最高の逸品だと思います。たむらさんとの出会い、俳優や太鼓奏者等との出会い、日々を生きる中で出会う人との巡り会い。良き「出会いこそ命」。これからもご縁を大切に歩んでいきたいと思います。
〈写真〉
右上/太地喜和子(唐人お吉ものがたり)
左上/林英哲(太鼓奏者)
右下/唐十郎(劇団唐組)
左下/藤井由紀・稲荷卓央(劇団唐組)